農園の個性を最大限に引き出した、日本の最高のハンドドリップを世界へ。GLITCH COFFEE & ROASTERSの至極の一杯
───『GLITCH COFFEE & ROASTERS』を開業する前は、オーストラリアの最年少バリスタ世界チャンピオン、ポールバセットのもとで腕を磨いたキャリアをお持ちの鈴木さん。そもそも、なぜバリスタの道を?
経歴だけを見ると、なんだかすごいことをやってきたような印象を受けるかもしれませんが、最初から今のような生き方をしていたわけではありません。高校卒業後は情報処理系の専門学校に進学し、企業に就職して働いていました。いわゆるサラリーマンですね。
でも1年ほどたった頃に、自分には向いてないなぁという感覚が大きくなって。20代前半でやりたいこともわからないまま就職してしまったこともあり、自分なりの生き方や夢を模索しながらサラリーマン生活を送っていました。
熱中できるものを見つけたい、という気持ちが強かったので当時は「面白そう!」と思ったものは何でも試していました。中でも興味を惹かれたのは、ものづくりです。アクセサリー、ステンドグラス、器......。いろんなものをつくりました。教室に通ったり、会社から家に帰ってきた後に作業をしたり。
何年かそんな生活を繰り返していると、ある時自作した器に飲み物を入れてみたいなと思って、コーヒー好きの友人に教わってハンドドリップで淹れてみたんです。そこからですね、コーヒーの世界にいざなわれたのは(笑)。一度「面白い!」と思ったものはどんどんハマっちゃうタイプなので、ハンドドリップ、エスプレッソ、サイフォン......。コーヒーにもいろんな淹れ方があるんだなぁと奥深さを知りました。
───コーヒーとの不思議な巡り合わせですね。
そこからバリスタに、いわゆる“コーヒーを仕事に”するきっかけとなったのは、知識だけではなくコーヒーを淹れて「人に喜んでもらえた」体験が大きかったなと思います。
───というと?
僕が淹れたコーヒーを友人たちに振る舞ったところ「おいしい」「また飲みたい!」と想像していた以上の反響があったんです。自作のアクセサリーや器をプレゼントしてもそ んなに喜ばれなかったのに、なぜかコーヒーでなら周りの人を笑顔にできた。人に喜んでもらえるってすごく嬉しいなぁと。胸に響くものがありました。今振り返ると、夢を見つけた瞬間だったのだと思います。自分が探していたものはこれだ!と、バリスタの道を歩みだしました。
そこからは下積みが始まりました。すぐに当時の日本のエスプレッソチャンピオンのお店に面接を受けに行って働くことに。毎日怒られるし、睡眠時間も、休みもなく、すごく大変で。体調を崩して1年ほどで退職。その後すぐにオーストラリアの最年少バリスタ世界チャンピオン、ポールバセット率いるエスプレッソカフェ『Paul Bassett』働き始めて、それが一つの転機だったかなと思いますね。
───下積み時代、決して楽な道ではなかったと思うのですが、なにがご自身の支えだったのでしょう?
一つは、純粋な憧れです。僕、職人みたいになりたいなぁとずっと思っていて。自分の腕一つで世界を渡り歩く、実力勝負で周りに有無を言わせない。そんな生き方がしたいと思ったんです。
もともとサラリーマンだったので、自由な生き方や自分なりのライフスタイルを送るには少なからず制限がありました。髪色、服装、髭の長さ、見た目一つとっても決まりがあって「学校と変わらないじゃん」って。それなら誰にも口出しさせないくらいの結果を出す職人になって、自分のスタイルを貫く人でありたいなと。なので厳しい世界に足を踏み入れたことは自覚しつつも、必死にくらいついていきましたね。
───そうした中、ポールバセットとの出会いはどのような影響がありましたか。
彼に最初に会ったときは、びっくりしました。日本とオーストラリアのコーヒーのレベルの差に圧倒されたというか。カルチャーショックでした。当時の日本は抽出理論もほとんどなかったのですが、ポールは全て計算しながらコーヒーを抽出していました。それを見て、「なんだこれ......次元が違う」と最初はついていけませんでしたね。
高いレベルを求められるので、厳しい指導も受けました。でも教え方はジェントルマンで。それもカルチャーショックだったかもしれないです(笑)。朝から晩まで仕事に明け暮れる僕を見て「風邪ひくなよ」「ちゃんと寝ろよ」と、さらっと気遣う言葉もかけてくれるんですよ。
───『GLITCH COFFEE & ROASTERS』のある神保町は、ふらっと歩いているだけでもたくさんの喫茶店を見かけます。
ある意味、激戦区への進出だと思うのですが、なぜ神保町だったのでしょうか。
歴史のある街でお店をやりたいなと思ったんです。昔からやっている古本屋や喫茶店があって、神保町の風景ってずっと変わってないんですよね。スポーツ店や楽器屋さんも。かっこいいなぁって。そういう流行り廃りのない街っていいですよね。皇居や靖国神社も近いですし、日本の歴史や文化が垣間見える街に溶け込む店であれたらと思っています。なので神保町以外、考えられなかったですね。
───ここから、海外の店舗への出店なども考えているのですか?
うーん、よく聞かれるんですが考えていないです。海外に出店となると、大事にしたいこととズレちゃうんですよね。GLITCHというブランドはあくまで「日本から、世界に発信する」ことに、 こだわりたいんです。日本人として生まれて、日本の歴史も文化も愛している。日本に感謝の気持ちや貢献したい想いを持って始めたお店でもあるのでその志を継続させていきたいです。
───なるほど。素敵な想いですね......!
ちなみに今後の世界・日本のコーヒー市場についてのお考えもぜひお聞かせいただきたいです。
今、中国はコーヒーが盛り上がっているみたいで、お店に来る中国の若い女性のお客さんも躊躇せずに高いコーヒー豆を買っていくんです。インバウンドで海外からお客さんが入ってきてくれて「日本のハンドドリップコーヒーを、世界に」という目標は達成できていて嬉しい。その反面、日本人のコーヒーカルチャーはさらに盛り上げっていくのだろうか?と考えると少し危機感を抱いています。
喫茶店文化は、日本ならではの素晴らしいもの。僕も大好きです。でもどうして、アンダーグランドのイメージがまだまだ強いというか。タバコや薄暗い店内、など。コーヒーって、男性がつくるもの。こだわるもの。みたいな印象を持っている方も多いかもしれません。
───たしかに、そうですね。
でもこれからは、コーヒーの立ち位置を、より若い人にも親しみやすい雰囲気に変えていけたらいいなと思っています。日本の若い女性も気軽に喫茶店に入れたり、自宅でハンドドリップを淹れてみたり。そのためにはどうしたらいいだろう?ということを、最近考えていますね。
───最後に、今後の目標についても教えてください。
ブランドづくりに力を入れていきたいですね。それこそコーヒー器具のORIGAMIやHARIOもしっかりブランドが根付いているじゃないですか。ORIGAMIさんと言えば、こうだよね。とイメージできる。僕たちも『GLITCH COFFEE & ROASTERS』というブランドを確立させていきたいです。そこに行き着くには、一つひとつにこだわっていかないといけない。信頼性のあるブランドを目指して、これからも日本から世界へ、コーヒーの魅力を発信していきたいです。
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