バリスタに憧れて、イタリア人の妻に惚れて、イタリアンシェフで生きることを決めた。

バリスタに憧れて、イタリア人の妻に惚れて、イタリアンシェフで生きることを決めた。

al mulon オーナー / シェフ 平井孝幸

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2019.05.24

渋谷区幡ヶ谷。新宿や代々木とのアクセス良好。スーパーや飲食店が多く、暮らすのに便利な立地で知られた街です。ここに、イタリア北部トリエステ地方の郷土料理という、なかなかお目にかかれないスタイルを掲げるお店があります。

al mulon(以下アルムローン)。夫婦で営むアットホームなイタリアンレストラン。このお店のオーナーシェフ、平井孝幸さんはイタリアでコーヒーの美味しさに目覚めた元バリスタです。それもミラノバリスタ協会の公認バリスタでした。そこからなぜシェフを目指すことになったのか、妻のフランチェスカさんと一緒にお話を聞きました。

with BARISTAでは初の、シェフへのインタビュー。ORIGAMIと同じ製造元で作られたテーブルウェア「Roots」を採用いただいた縁から生まれました。ぜひお楽しみください。

今回はこのお皿「Roots」がご縁でお話をお聞きしていますが、まず、どんなきっかけで採用されたのか教えてください。

平井
あの器は展示会で見つけたんです。色は最初から白と赤で決めていて。エレガントではなくて温かく、イタリアっぽい感じのもの。もっと言えばハンドメイド的なもので探していたら、Rootsに出会ったんです。こんなお皿を探していたとひとめぼれでした。

 

このお皿はまさにイタリアをイメージしたものです。

平井
まず、家庭的な印象を受けました。工場で作られた心のないものではない感じ。フォルムや色があたたかいですよね。それでいてポップでもあるし、普通のレストランでも使えると思います。でも、一番合うのはカフェとかかもしれないですね。ランチのプレートとか。パスタを乗せるとわかるんですが、色が映えるんですよ。

それと割れにくいのも嬉しいです。結構ハードに使っていますが、ほぼ割れたことないですね。それに軽い。これは特別なお皿だと思います。

ありがとうございます。ちなみにカラーを白と赤で決めていたのは、イタリアの国旗からですか?

フランチェスカ
赤と白は、私の故郷トリエステのシンボルカラーです。

トリエステはイタリアの端っこで、すぐ隣がスロバキアです。国境近くなので、戦争が起こると国が変わります。トリエステがイタリアになったのは50年くらい前。その前500年くらいはずっとオーストリアでした。だからオーストリアの方が歴史が深くて、料理にもそれが影響しています。

 

フランチェスカ
たとえばうちのお店でも出している、パンのニョッキという料理があります。一般的にニョッキは一口サイズのパスタですが、トリエステではパンにサラミやハーブを詰めたりして大きな塊りで食べます。クラッシュソースと一緒に食べたりして。メイン料理でサワークラウトをのせたりするのはオーストリアの影響ですね。

あとはワインの歴史も古いです。テラロッサという白い石灰岩の上に赤土がのった土壌でないと育たない葡萄があって、味にも特徴があります。昔は、トリエステでは自分の家の庭に葡萄畑があるのは当たり前で、自宅用のワインを作っていたみたいですね。私のおばあちゃんのアルバムには、ぶどう狩りをしている写真がありました。

家庭ごとにワインの味があるんですね。

フランチェスカ
料理もそうです。昔の人は、家のレシピを書き残して子どもに渡したりします。私もおばあちゃんが亡くなったとき、彼女のレシピ本を私がもらいました。彼女は本当に料理が上手だったんです。お店のメニューにもそのエッセンスが入っているんですよ。

お店のメニューは二人で作られているんですね。

平井
2人で決めてます。トリエステ料理だけじゃなく、いろんなメニューを揃えています。材料があればメニューになくても作りますよ。イタリアのお客ってわがままで、みんな細かく要望するから、それにならっています。作る方は大変ですけどね(笑)。

フランチェスカ
新しいメニューが出たら必ず私が味見します。「これはトリエステっぽくない」とかいいます(笑)。

 

二人三脚でお店を回していることが伝わってきます。どんな出会いをされたんでしょうか。イタリアで出会ったとお聞きしましたが。

平井
僕がイタリアに訪れた経緯からお話しますね。もともと僕は大学を卒業する前にイギリスに留学していたんです。19歳の頃だったかな。……こう話すとカッコイイ感じがするんですけど、正直、卒業して働きたくなくて(笑)。自分の本当の舞台を探していました。

で、当時は姉もロンドンにいて、その友達に誘われて行ったのが初めてのイタリアでしたね。最初、イタリア大嫌いだったんですよ。遊んでばかりでちゃんと仕事しないイメージを持ってたんで。でも、ミラノに行ってみたら食べてものは美味しいし、滞在先の家族がすごくやさしくて。いっぺんに大好きな国になりました。

平井
あと、イタリアのカフェや家庭で飲んだエスプレッソにも衝撃を受けました。濃さとかクリーミーさとか日本と全然違う。当時はシアトル系のカフェもないし、ちゃんとしたエスプレッソを飲む機会もなかったんです。

こんな美味しいコーヒーがあるのか、って驚いて。調べてみると、エスプレッソを淹れる専門家はバリスタというらしい。そしてバリスタの役目のひとつは工場での品質管理らしいと。

当時、僕の大学の専攻が品質管理だったので、こりゃいいやとバリスタを目指すことにしたんですよ。ちなみに、その準備のために入った語学学校の先生が妻のフランチェスカでした。

 

学生時代に出会われたんですね。フランチェスカさんは日本人向けの教師だったんですか?

フランチェスカ
私は大学で日本語を専攻して、日本を行ったり来たりしていました。最初は長野県に3ヶ月。そのあと知り合いのところに5ヶ月いて。でも、その後はミラノで仕事を探してイタリア語教師になりました。そのときに彼と知り合ったんです。出会ってすぐアタックされました。

その頃私が作ってあげたチョコサラミは、お店のメニューにもあります。彼、当時から料理が上手で、お弁当とか作ってくれるんですよ。

当時はバリスタを目指しつつ、料理も作られていたんですね。

平井
料理は子どもの頃から好きでした。もちろん大したものは作れなかったですよ。カレーとかハンバーグとか、そんなものです。でも、作るのも食べるのも好きでした。

バリスタは、結局ミラノバリスタ協会のスクールに通ってコースも修了しました。日本人では初めての修了生だと思いますよ。何しろ場所が分かりにくいし見つけられない。たどり着くまでが大変なんです。インターネットもなかったし。

とにかく、そこでコーヒーの基本を学んだんですけど、最終的には違うなと思いました。全自動のエスプレッソマシンでも十分に美味しいと思ったし、やっぱり、僕は料理を作るのが好きだと気づいて。そこにたどり着くまでには紆余曲折がありましたが、最終的にはイタリアの料理学校プロフェッショナル科に入学しました。料理の世界で生きていくことにしたんです。

スタートとしては遅めだったんですね。

平井
はい。その分、めちゃくちゃ働きましたね。言葉が分からなくて怒鳴られたことも一度や二度じゃないです。フォークが飛んできたこともありました。毎日終わったら汗びっしょりですよ。

僕は体育会系の人間だったから、意外と水が合うというか、嫌いじゃないんですよ。そういう職場が。諦めず、人より早く来て、遅く帰って、なるべく人がやりたくないことをやって。時間はかかりましたが、少しずつ信頼を得ていきました。それに、僕が職場で唯一の外国人だったからか、みんなから仲良くしてもらえたんです。家族みたいなものです。

フランチェスカ
彼、最初はすごく苦労していましたね。一度、お店のシェフから私に電話がかかってきたことがあって、「あいつは分かってないのに返事をしている。どういうことだ?」って。

でも、実際はそのシェフがすごく早口だったの。イタリア人の私でも聞き取れないくらいに(笑)。だから少しゆっくり話してあげてください、って電話で伝えたわ。

そのままイタリアで独立する、という選択肢もあったかと思いますが、日本での開店を選んだのはどうしてでしょうか。

平井
本物のイタリアンを日本の人に伝えるのが、僕の使命であると感じ始めたからです。日本に戻ろうと決めたのが2016年のことです。

フランチェスカ
当時、私たちはフィレンツェに住んでいました。フィレンツェはすごく綺麗な街で観光地としてすばらしいと思うんですけど、フィレンツェ人じゃないと住むには大変な街です。日本が暮らしやすい国だということは知っていたし、だから彼が戻ろうと言ってくれたときは嬉しかったですね。

そして、このお店が生まれたんですね。店内には見慣れないインテリアが多いですが、これはイタリアから持ってこられたんですか?

フランチェスカ
はい。といっても、私物がほとんどですよ。飾ってあるお皿はフィレンツェで通った陶器教室で私が作ったもの。壁に掛けてあるのは、おばあちゃんのキッチンから持ってきた栗を焼くフライパン、名物菓子のクグルフをつくる鍋、スープ専用の土鍋もイタリアから持ってきました。

並んでいるワインはイタリア全土のものを扱っています。最初は他の国のワインも入れようかと思ったんですが、イタリアの品種が世界で一番多いから、イタリアだけで十分なんですよね。

最後に、アルムローンのこだわりについて教えてください。

平井
食材も本場と同じ食材を使っています。ハーブや野菜は友人が無農薬で作っているものを使ったりもしています。

ただ、重要なのは本当のイタリア料理であるということです。僕は向こうにいて日本のイタリアンに違和感がありました。なにか違うんですよ。日本風にアレンジされたものではなくリアルなイタリアの家庭料理を日本人に伝えたいと感じています。たとえばROOTSのプロダクトも、日本で製造しているのにまるでイタリアにあってもおかしくないような雰囲気だったことが魅かれた理由です。

一般的なトリエステ料理は、オーストリア料理と魚料理。ただ、もっと遡ればクロアチアの影響を受けているし、港町だから様々な人々や文化が混ざっています。だから僕らも日本でいろんな食材を試したりお客さんのニーズを聞きながら、僕らのトリエステ料理を届けたいです。

あと、うちは高級レストランみたいに高級品をちょっとずつ、ではなく、美味しいものをたっぷり食べるお店。ひと皿のボリュームも十分です。ぜひお腹をすかせて食べにきてください。

取材後、取材陣は平井さんのトリエステ料理をお腹いっぱい食べました。どれも食べなれたイタリアンとは一風変わったものばかり。今回の取材のきっかけになった「Roots」はどの料理の邪魔をすることなく、しっかりとその存在感を出していました。

幡ヶ谷にお越しの際は、ぜひ足を運んでみてください。そのときはお皿にもご注目くださいね。

イタリアンレストラン アルムローン
東京都渋谷区幡ヶ谷3-2-6 1F
京王新線 幡ヶ谷駅北口から徒歩約6分

http://almulon.com/

今回登場したプロダクト「Roots」

Rootsは、様々な国で受け継がれてきた食文化のルーツを探り、その根本に寄り添うことを目指して作られたテーブルウェアです。

オンラインストア
https://store.k-aijp.com/roots.html

加藤信吾

Kato Shingo

with Barista ! 編集長 ライター / コピーライター
ORIGAMIのブランド設計に外部パートナーとして携わるなかで、様々なバリスタと出会い、各地のスペシャルティコーヒーに感動し、気がつけば一日2杯のコーヒーが欠かせない日々を送る。
twitter:@katoshingo_

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